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aemdeko

日々の仕事に必要な調べ物の結果や個人的見解を備忘録的に書いておくと他の人に役立つこともあるかも、くらいのノリで。対象範囲は人口構造、社会保障費、都市計画、行政運営、地方自治あたりになろうかと。

逆説的ですけど民主主義が成熟するほど行政は非民主的になるよね、的な話

 なかなか興味深い組織論。

toyokeizai.net

 

 まあ、私の前職は民間企業じゃなくて、役所なんで、民間とは少し事情が違うと思うんですが、同質性を高めたい幹部職員が仲良しごっこをやってて、多様性をどんどん喪失し、問題解決能力を放棄している組織、という点では、まったくこの通りですよね。

 

 とは言え、一人の有権者として、民主主義社会の行政組織がどうあるべきか、と考えたら、新しい問題を解決する能力がない、決まりきった事項を淡々とこなすだけの市役所であっても、仕方ない、という考え方もありうる、と思うのです。

 民主主義社会の中で、最も非・民主的な組織として行政組織が存在しても仕方ない、と思うのです。

 

 と言うのは、民主主義社会というのは個人の自由を尊重する社会であり、そのためには特定の権力を排除する努力こそが西洋民主主義の歴史であり、一定の権力を有する行政組織が、新しい課題に対して、正しいのかどうかも分からない答えを探して突き進むような行為は、途端に権力の暴走に結びつきかねないからです。

 

 だから、行政は新しい課題に対して答えを探すことなど、してはならない。

 ただ、市場の中で決められたことを粛々と追随していけばよい。

 

 とは言え、市場は短期的な課題解決に集中しがちで、長期的な課題やヒズミに対処しきれないこともあるのではないか。

 市場が万能ではないから、そこを是正する仕組みとして政治が必要とされるのではないか、という考えもある、と思うし、そう思ってたから、市役所に入った訳ですけども。

 市場に対抗するのではなく、市場主導による社会変化を緩やかにし、こぼれる人たちを救う政策、あるいは、市場が向かう先にある課題を明らかにし、その回避策の可能性を含めた多様な選択肢に光を当て、市場に働きかける政策。

 そういう役割を市役所が果たすべきなんじゃないか、と。

 

 ところが結局、市役所を辞めるに至ったのは、今の市役所にそんな能力はない、ということです。

 なぜならば、「民主主義とは多数決のことで、優秀な市民が常に正しい判断をできるのだから、選挙による投票こそが正義なのだ」、と考える政治家の下では、結局、選挙制度が市場と同じ仕組みでしか動かないんですよね。

 僕は人間がそんなに優秀な生き物ではなく、すべての答えを知っている訳ではないし、自分の興味や関心がないものには正しい答えを出すだけの判断材料を持ち合わせていないから、市場がしばしば間違った選択をしてしまう、と考えてきた訳で。

 そういう視点の下に、市場原理を補正する仕組みとして、社会問題の専門家たる政治家や行政職員が、市場に対して社会問題と、その是正案を提起していく、という行為が必要なのだ、と考えているんですが。

 

 一方で、小選挙区制の導入や、小泉郵政選挙民主党政権交代と失敗、そして低下し続ける投票率、という一連の流れが示したのは、今の政治家は、専門家ではない市民との対話を志向しているのではなく、選挙を単なる人気投票と見ていて、より市場原理に近づけようとしている、ということです。

 専門的知識を持たない一般市民の短期的、感情的な判断を助長する方向を好んでいる。

 

 エベレット・ロジャースの普及学を持ち出すまでもなく、本当に新しい課題に対して、答えを出せるのは少数で、多数派はその価値を当初は理解できない。

 普及学 - Wikipedia

 

 だから、もしも多数決こそが民主主義なのだ、という理解が社会の多数派だとしたら、本当の社会問題に対して、政治家や行政組織は解決策を持ちえない。

 社会的な課題に対して、新しい解決手法を提起するときに、権力の暴走を抑止しつつ、社会の多数派の支持を得ていくためには、結局、市場の中で私的な活動として小さく始めて、徐々に賛同を得ていくしかない。

 そして、ダーウィンの進化論のように、本当に正しい仕組みをきちんと構築していけば、それは市場の中で淘汰されずに生き残ることができるはず。

 本当に社会的な課題を解決しようという意識と、その解決能力を持つ人間は、敢えて市場の中で解決できる仕組みの構築に、その資源を投入するしかない、と言うのが、結局、市役所を辞めた理由です。

 

 

 むしろ、政治家や市役所は、市場に追随するしかないのだから、新しいことなどに取り組むべきではない。

 もはや社会問題を解決しようなどと取り組むべきではないし、いたずらに手を出して混乱を招くべきでもないし、また、解決する気もないのにするフリなどもすべきではなく、市場にすべてを任せるべき。

 

 そういう訳で、決まりきったことを間違いなくこなすだけの市役所、というのも、有権者の立場としては理解できるのです。

 

 ただ、一人の職業人としては、そんな組織で自分の時間を空費したくない。

 それは自分がホストクラブやプロ野球選手を目指さないのと同じように、社会で必要とされる仕事なのだろうけれど、自分がやるべき仕事ではない。そういう仕事が得意で、好きな人たちが勝手にやっててください。

 

 まあ、有権者や納税者の立場としては、朝8時30分から夕方5時15分まで淡々と働くだけの人たちに支払うコストとしては、時給800円の臨時職員でいんじゃないの、と思うし、そのうちすべて機械(電子計算機)に代替すべきだと思いますが。