勉強になります/カリスマビール売り子と新人の決定的な差
おのののか人気を受けた影響なのか(人気なのか?)、野球場のビール売り子についての記事。
接客業のありかたを考える上で、大変、勉強になります。
とは言え、この記事を読んで思ったのは、彼女のいろいろな行動そのものを、仕組み化して、マニュアルに落とし込んで、他の子たちにやらせても、多分、薄っぺらい表層的な、嘘くさいアピールになって、お客さんには響かないんだろうな、と。
…いや、大半のお客さんには、それでも満足してもらえるのかもしれないけれど、一部の敏感な客には、うさんくさく見られそう、というか。
仕組み化できるとすれば、彼女がどういう視点で行動をしているか、という大まかな話で、でも、じゃあ、そういう考え方で各自が行動すると具体的な行動としては、どういう動きにつながるか、を考えるには、多分、ほとんど役立たない、という。
産業革命が肉体労働から人間を解放した一方で、その初期には、逆説的だけど、機械を扱うワーカーとしては一部で逆に肉体労働者が増えたのと同様(たとえば、掃除機と清掃作業、自動車と運転手、製造ラインとライン工とか)、ITが普及するに連れて、多分、論理的思考を資源とする労働者は一部で増えているような錯覚に陥るけれど、長期的には、そこは機械に代替されていくハズで、そうなると、個人的には、人間が行う仕事は、論理的思考力を離れて、より感情を扱う職業に集中していくのかな、と思うんですよね。
で、果たして、感情を扱う職業というのが、仕組み化、システム化、マニュアル化可能で、コピペして大規模化できる仕事なのか。
あるいは、コピペして大規模化できる仕事ならば、機械化できてしまうのではないか。
もちろん、肉体労働を代替・伸長する機械を扱う肉体労働者、と同じように、一部機械化可能なんだけれども、全部を機械化するには、技術やコストが追い付かいない、というニッチな分野で、引き続き人間が必要とされる、という現象は存在するのだと思いますが。