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日々の仕事に必要な調べ物の結果や個人的見解を備忘録的に書いておくと他の人に役立つこともあるかも、くらいのノリで。対象範囲は人口構造、社会保障費、都市計画、行政運営、地方自治あたりになろうかと。

山田風太郎「明治断頭台」を読んで、正義とは何か考えた

 忍法帖シリーズや、柳生十兵衛魔界転生で知られる山田風太郎…って、映像化作品やそこからさらにインスパイアされたサムスピとかは知ってても、代表作ですら読んだことがなかったのだけど。

 その山田風太郎が、忍法帖ブームがひと段落した後の、昭和50年前後に手掛けた「明治モノ」と呼ばれるシリーズの一作で、取り扱う年代としては、一連のシリーズでは最初期の明治政府黎明期の話。

 

明治断頭台―山田風太郎明治小説全集〈7〉 (ちくま文庫)

明治断頭台―山田風太郎明治小説全集〈7〉 (ちくま文庫)

 

 

  この本を買ったキッカケは、ネット上の書評で見て、そのうち買おうリストに入れといて、しばらくして買って、買ってしばらくして、こないだやっと読んだので、どういう書評だったか記憶が定かではない。

 忍法帖シリーズをはじめ、山田風太郎の作風は、実在の人物と架空の人物とによる確かにあったかもしれない事件の展開にあるらしいのだけれど、本作では、装置として使われる実在の人物、事件について、国内に限らず、世界を視野に入れた同時代性云々、という書評だった気がするけれど、あんまりそういう要素は感じなかった。

 

 参考までに、Wikipedia参考にしつつ、幕末から明治初期の世界主要事件。

1860年 桜田門外の変リンカーンアメリカ合衆国大統領に当選。

1861年 アメリカ南北戦争勃発。イタリア統一戦争勃発。

1862年 第2回ロンドン万国博覧会開幕。ビスマルクプロイセン首相就任。

1863年 リンカーンゲティスバーグ演説。アメリカ大陸横断鉄道開通。

1864年 太平天国の乱終結。

1865年 リンカーン暗殺。

1867年 パリ万博。マルクス資本論」刊行開始。

1868年 王政復古戊辰戦争勃発。明治改元

1869年 箱館戦争終結(戊辰戦争の終結)。スエズ運河開通。

1870年 普仏戦争勃発。

1871年 普仏戦争終結、ドイツ帝国成立、ビスマルク体制。パリ・コミューンフランス第三共和政成立。

1873年 明治六年政変(征韓論

1877年 西南戦争

 

 まあ、タイトルにもある断頭台をフランスから持ってきた、という設定なので、普仏戦争とかは少し出てくるけど。

  それよりも、むしろ、山田風太郎は、戦時中熱心な徹底抗戦論者でありながら、体調不良で徴兵されず、23才のときに疎開先で終戦の迎えた後、急速に大人たちが戦争批判をしはじめるのを目の当たりにしたらしいのだけど、その戦後の転換と、明治維新を重ねて、正義とは何か、を問う姿勢の方が印象的である。

新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)

新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)

 

 

 明治維新の掲げた理想と現実を、第二次大戦中の理想と現実と重ねるとは言え、この話には旧幕府側の人間はそれほど出てこない。

 元々、月刊誌への連載として書かれ、一話ごとに解決する推理小説を読み進めると、全体としてより大きな仕掛けが仕組まれている、という構成の中で、佐幕派の人物も何人かは登場するけれども、描いているのは、主に新政府側の視点だ。

 特に、薩長土肥と言われながらも、長州と一部の公家が、新しい政治ではなく単なる幕府の代替となろうとする時代に、新政府内の反長州閥、という視点が強い。

 さらに、この話の主人公の1人は、佐賀の乱江藤新平に従って戦犯として斬首された香月経五郎の兄という設定の香月経四郎であり、もう1人は日本の警察機構を立ち上げ、日本警察の父と呼ばれる初代警視総監で、こちらは実在の人物である、川路利良としている。川路は、薩摩藩士ながら西南戦争では政府軍側で戦ったことで毀誉褒貶があるらしい。

 

 経四郎は勢いこんでいい出した。

「政府というものは、正義の政府でなければならない。――そうあらせるためにだ」

「ちょっと待て、香月、それはちと考え過ぎだろう。政府は人民の生活を守るための手段で、司法はその一機関であればよか」

「いや、ちがう。まあ聞け。いったいあの御一新に至るまでの騒動や戦乱でどれほどの人間が死んだかよく知らんが、とにかく日本じゅうでは万を越すだろう。それほどの犠牲をはらって、やっぱり以前と同じような政府では、何のための御一新であったか意味が通らない」

「同じような政府にはならんじゃろが」

「なる。すでにそのきざしは現れている。――幕府はなぜ倒れたか。一見、黒船以来の騒ぎに対応し切れなくなったからに見えるが、しかしいまとなっては、騒いで幕府を倒した連中のほうが間の悪いような顔をしているようなありさまだから、瓦解のほんとうの原因は攘夷だの開国だのの問題じゃない。要するに幕府の内部が腐敗していたからだ。それだから、あんなものは潰れてもしかたがない、と民衆から見限られたんだ。それが根本原因だ

 ――中略――

 しかるに、新しく出来た政府に、早くも腐敗の徴候がある。それは、ほかのだれより貴公が承知のはずだ。それでは何のための革命であったかわからない。いや、第二、第三の革命がまた起こるだろう。そんなことを永遠に繰返すのは馬鹿馬鹿しい話じゃないか」

 

 元々、初出が昭和53年(1978年)の雑誌連載、ということを考えれば、山田風太郎の中では、明治維新と太平洋戦争後の社会に加えて、当時の若い世代に対して、終焉を迎えていた左翼運動とは何だったのか、という振り返りを考えさせる意味も込めていたのかもしれないし、その点では、最終章に出てくる仕掛けも、当時の読者にはもっと重い意味があったのかもしれない。

 

 なお、個人的には、できもしない理想を掲げて、本当はやる気もないのに、できるふりをして仕事をすることは、世の中の安定のためには、大事なことかもしれないけど、興味はないし、正義でもないと思うので、そういう組織に所属する気はない。